β次元日記

α次元にはいけない。せめてフィクションの話をしよう。

第六夜をBL的に読解する

 

 今回は有栖川有栖『高原のフーダニット』(2014、徳間書店)に収録されている「ミステリ夢十夜」について、腐女子的な視線から考えてみたいと思います。

 

 第六夜の最初の印象は「火アリっぽいな」でした。

(火アリがどのようなカップリングか知らない、ネタバレされたくない、BL的に読むなんてけしからん、という方がいればお帰りください。悪しからず。)

 

 しかし第六夜に火村はいません。火村がいないのに火アリに読めるのはなぜか。

 その謎を、ここでは考えてみたいと思います。

 

 まず、ミステリ夢十夜という作品は、作家シリーズの語り手である有栖川有栖が見た夢、それも尽く何らかの「謎」が中心となった、10の夢からなる短編です。それらの内容と登場人物を簡単に書き出してみると、以下のようになります。

 

 

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注:仮題は整理のためにつけたもの


 

 

 こうしてみると、第六夜が他の夢と比べて特異であることが分かります。

 そう。唯一火村が登場していないのが第六夜なのです。火村の名前自体は有栖の口伝てに出てくるのですが、実際に有栖と対峙するのは、現実のお隣さんであり、英語教師の真野さんです。

 火村が退場し、真野が登場した。では真野さんは火村に取って代わりうる人材なのか? しかし読み進めていくと、そうではないことが分かります。

 

 第六夜は、有栖が真野医師のカウンセリングを受ける話です。「大学で犯罪学を教えている友人と殺人事件に巻き込まれる夢を見る」と相談していた有栖は、真野医師の背後にある、横に細長い窓の向こうを、灰色の影が横切っていくのを目撃します。28階の窓をよぎる影。不思議に思って真野医師に影の話をしても、彼女は錯覚だと言って取り合ってもくれず、夢についても常識的なアドバイスを返すばかりで、薬などの具体的な解決策もナシ。

 そのような通院を繰り返していたある日、有栖はうっかり一本遅い電車に乗ってしまい、いつもなら診察している時間に、真野クリニックを外から観察する機会を得ます。それでようやく有栖は影の正体を知ることが出来、「自分で謎が解けるというのは快感だ」と思う、という夢です。

 

 この第六夜を除く全ての夢で、火村はしつこいぐらいに「解き明かす者」として有栖の夢に登場します。一種の超越的な閃きの力をもって、本来ならば火村には分かり得ないような謎の真相をズバズバ言い当て、或いは有栖に厳しい選択を迫ります。

 そのことから、有栖の夢の中で­――これは無意識下でと言い換えてもいいかも知れませんが――火村は探偵であり、鋭い目をした狩人であり、とにかくスゴい奴だということになっていることが読み取れます。

 

 もしも真野さんが火村の代替として機能するなら、彼女にも謎解きの才能がなければなりません。しかし第六夜で謎を解くのは有栖本人です。真野医師は現実主義的な女医として「謎の影」の存在そのものを否定する。これは火村に比べると、些か魅力に欠ける身振りです。遠く離れた北の地に親友の電話一本で駆けつけた男と比べるのは、残酷かも知れませんが。

 

 有栖の夢という舞台における火村の役が「解き明かす者」だとすれば、真野さんは何の役を負っているのか。職業が英語教師から精神科医へと変わっていることを鑑みると、真野さんの役は「正しい人」なのではないかと考えられます。白い病棟、白衣、白衣と黒髪の鮮やかな(=明確な)コントラスト、そして普段と異なる断定的な口調。

 しかしその正しさは、真実を言い当てるというよりも、どちらかと言えば四角四面的な、世間的な正しさです。彼女に謎解きの力はありません。有栖は悪夢をいつの間にか見なくなっていたし、真野医師の診察はいつもどこか見当違いで、影の謎は有栖が自力で解いてしまった。

 

 第六夜は、有栖が謎を解いてご機嫌になり、真野さんに報告に行かなければと考えて終わっています。そこで、描かれていないその後を考えてみます。

 あくまで推測ですが、有栖はその謎を真野さんに報告はしても、二度とそこに通院することはないのではないでしょうか。これがミステリ夢十夜である以上、そしてそんな夢を見るほど謎に惹かれる有栖である以上、探偵もいなければ謎もない精神科のカウンセリングに行く意味も魅力もない。精神科に人間ドッグはありません。

 

 するとその一方で、ありありと「解き明かす者」としての火村の不在が浮かんで来ます。

 正しいけれど、謎そのものを否定する真野医師。うっかりと偶然で謎を解く有栖。

 「窓の外を横切る灰色の影」などという平和な謎を解くのでさえ、彼らではこのように覚束なく、頼りなげです。ならば人が死んだなら。もっと複雑な事件が起こったら。そこには誰がいなくてはならないのか? 誰にいて欲しいのか?

 第六夜の世界は、鋭く光る探偵=火村を求めます。

そしてそのように読んでみると、第六夜とは、そのテクスト全体で「火村の不在はこんなにも寂しい」と叫んでいる小説だと結論づけることが出来そうです。

 

 火アリのように読めたのは、火村を信頼する有栖が作品の後ろに透けて見えたからなのでしょう。エモいですね。

 二人のゴールデンウィークには、何か美味しいお菓子を食べ、猫と遊び、酒を飲みながら映画を観る、そんな最高の休日を過ごして欲しいですね。永遠に共にいてくれ。

 

 薄々感づいてらっしゃると思いますが、久しぶりに真面目にブログを書いたので上手い終わり方が分かりません。そこで、これからの火アリのご発展とご清栄を願って終わることにします。別に清くなくてもいいんですが。

 

 それではまた。

 

 

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