β次元日記

α次元にはいけない。せめてフィクションの話をしよう。

初バンジージャンプ日記

 

バンジージャンプに行ってきた。

人生初だ。

しかも一人遊園地だ。虚無の顔をしてよみうりランドに行った。 

 

入園口からバンジーのエリアまでは結構歩くので、その道中カップルや友人グループをたくさん見た。一歩ごとに虚無が深まる。こういう時は視野を狭めて心を強く持つしかないことを学んだ。

 

バンジー受付では、チケットを買ってから「死んでも全て私が悪いです」という書類にサインをした。それ自体は予習済みだったから臆することなく名前を書いたが、書きながら「係員が何らかの金具をつけ忘れた場合にも、これは適用されるのかな」と考えていた。

 

諸々が終わって、係員にいよいよハーネスをつけてもらった。

「右足入れて、はい、こっち左足で」とハーネスをつけられて、おむつみたいだと思って笑えた。死ぬ前にはやっぱり1ターンは介護が入るのですね。

 

荷物を預けて階段を上れ、と言われて、さみしいじゃん、とか思いながら一人で粛々とのぼった。地上でこちらを見てくれている人がいるわけでもないので、前だけ見て、一番上に着くまで黙って足を動かしていた。

 

飛び降り台こちら、的な看板が目について顔を上げると、もう地上は遠く、遊園地の外の住宅街に至るまで、全てが広々と見渡せる高さに来ていた。

なんとなくハイキングに来たようで心地良かったのだが、問題はここからだった。

 

私を見つけた係の人に呼ばれてジャンプ台に近づくと、そこにあったのは丸太のような大きさの、なんだかよく分からない黄色い筒だった。

係員は、一見するとサンドバッグのようなそれの端と、私の装着していたハーネスとを金具で固定し、飛び降り台の、バーの向こうに招いた。

 

「つま先だけ台から出してもらって、手を頭の後ろで組んでください。そしたらカウントをするので、『1.2.3』の3で倒れてください。危険なので、足から落ちたりジャンプしたりしないようにお願いします。それでは準備出来たら言ってください。」

 

係員がテキパキと言い終わって、飛び降り台の上はシン……と静かになった。

それでやっと、22mという数字が実像をもって私に迫って来た。

 

来る前、自分はひょいっと飛べるタイプの人間だと思っていたが甘かった。

22mの真上から見ると、マットはまるで煎餅布団の様に頼りなく見えたし、それにこれは全くの予想外だったのだが、22m分の「空白」がとてつもなく恐ろしかった。

 

私たちは普段、連続した道を歩いている。時間とは不連続な点の連なったものだという話もあるが、とにかく空間に関しては、いま自分が立っている場所と、次の一歩を踏み出す場所は大抵の場合繋がっている。

川のとび石を飛ぶ場合でも、次に着地する石、その為のジャンプ力とか軌道に、目処をつけてから跳ぶはずだ。

 

それに対して、バンジーには目処にする為の点がない。とび石的に言えば「とりあえずジャンプしてくれ、着地しそうな辺りに石が出てくるから」と言われたようなものだ。

自分がどういう軌道を描くのか、どこで上へ引き戻されるのか、全く分からない中に身を投じなければならない。

正直言って、めちゃくちゃビビった。

飛ぶまでの時間を稼ぎたいあまり、

「これまで事故ないですよね?」とか

「ここに来てビビる人結構います?」とか

「髪を結ぶと事故、とかあります?」

などと、どうでもいいことをしばらく係員に聞いてしまっていたが、2分ぐらいして聞くことがなくなって、飛ばなきゃな、と覚悟を決めた。

 

そもそもバンジーに来た理由は、就活のためだった。動画で自由にアピールしろと言われて、「普段大人しくて弱そうと言われるから、逆張りでバンジーでも飛んだろ」と思ったのが終わりだった。深夜のノリで決めると大体ロクなことがありませんね。

 

係員にいよいよカウントを頼み、手を頭の後ろで組む。

「1.2.3 バンジー!」

係員の今日イチデカイ声を後ろにして、私は巨大な空間の中に倒れこんだ。

 

 

 

………………気づいた時にはマットに尻がついていた。ずるずるとマットを滑りおち、側に来ていた最初の係員に金具を外されて、地に足をつける。

 

30秒だった気もするし、10分だった気もする。

飛んだ直後、あまりの寄る辺なさに心臓がキュっとなってそれから、時間が引き伸ばされたように感じ(これが走馬灯か?) 何事かを冷静につらつら考えていた様な気がするのだけれど、今やもう覚えていない。

自分を繋いでいる紐が伸びきった時、やっと自分の所在というか、点が分かって安心した。

そこからはただ振り回されるばかりで、怖さよりも寧ろ、上昇に伴う重力が全てかかった股がめちゃくちゃ痛いな、ということにしか意識が行かなかった。

(いやほんと、これはマジの話なんですけど、股にハーネスがめちゃくちゃ食い込んで死ぬほど痛くなることは是非覚えておいてください)

 

マットから降ろしてもらって、最初の場所に戻り、係員にハーネスを外してもらったが、足が震えていたから紐に引っかかって転びそうになり、係員に心配された。

 

生の後にも介護はあるのだなあ、と思って、私は一人で黙って出口に向かった。

 

P.S.

帰る前にジェットコースターに乗りました。

急落下で首が突然ガクッとなって、そちらの方が怖かったです。

そして三日間筋肉痛になりました。不思議ですね。