β次元日記

α次元にはいけない。せめてフィクションの話をしよう。

無為な争いはやめよう

ツイッターを見ているとよく、以下のようなやり取りを目にすることがしばしばある。

 

「えっ、お前きのこ派? うわ、ないわ(笑)」
「は? いや、たけのこ派の方がないでしょww」
「あ?」
「おおん?」
「「戦争じゃあ!!!!!!」」

 

みたいなやつ。
皆さんはもうお分かりだと思うが、これは、謂わずと知れた「きのこ・たけのこ戦争」の一風景である。


「きのこ」は「きのこの山」、「たけのこ」は「たけのこの里」。
日本のお菓子ファンを二分するといわれる彼らは長年に亘って戦いを繰り広げており、その苛烈さは戦国時代の合戦「川中島の戦い」に勝るとも劣らないものだと言われている――――――。

 

と、テンション高めに紹介してみたものの、何となく白け感は否めない。
現実味が薄い、とでもいえばいいのだろうか。


長いこと、「きのこ・たけのこ戦争」は模擬戦闘であると思っていた。
歌舞伎の十八番や武道の型、祭事の舞や、可愛め女子の「え、彼氏いないの?!うそ~!」というセリフに類する、形式的な行事なのだと。
みんな「どっちも変わらないけど、まあ楽しいからやっときますか!」という大人の遊びをしているのだと思っていた。

 

が、どうやら現実は違うらしい。

 

きっかけは、友人とコンビニに行った時のことだった。


お菓子の棚の中に「きのこの山」「たけのこの里」を目にした私は、友人に上記のような話しをした。模擬戦だけど面白いよね、というスタンスで。

すると、友人は手に取っていたグミを棚に戻してこちらを向いた。


「いや、あれはマジだから」


声の低さに、私は身を固くした。
つい先ほどまで「ねえ、ホルモングミだって〜!すごいねぇ」とゆるふわしていた筈の友人の眼光は今や越後の虎、上杉謙信の如き鋭さだ。


「私はいつも、スーパーに行くとお菓子売り場に行く。それも大袋の方。なんでか分かる?」
「え?いや……」
きのこの山を、たけのこの里で隠すために行くの。とにかくきのこを人の目に触れさせたくないの。分かる? たけのこの里の素晴らしさは疑いようもないけど、万が一、きのこにそそのかされて裏切る、小早川秀秋のようなたけのこ派が出たら困るじゃない」
「いや、そんな困る?」


「困るよ!」


友人は声を荒げた。激しい怒りと哀しみに満ちた咆哮に、レジの向こうで煙草を補充していた店員が「わかば」を取り落とした。しっかりしろ。

 

「あたしの弟がね、そうだったの。うちは一族郎党たけのこ派。弟も勿論そうだった。でも、あたしが中学生、弟が小学三年生だったある日事件は起こった」

「弟がね、学校から帰ってくるなり、あたしに「いいもの見せてあげる」って昂奮して言ったの。弟がランドセルから大事そうに取り出したのは……」


きのこの山の「空の」小袋だった。」

 

友人の声は震えていた。それが怒りから来るものなのか、それとも深い哀しみから来るものなのかは知る由もないことだった。

 

「弟はまだ幼かった。物事の善悪がまだ分からなかった。だから、友達からもらったものを素直に受け取ってしまった…… あたしは真っ青になって、弟にそれを隠すように言った。弟は不服そうな顔をしながらも、一応はそれに頷いてくれた」

「翌朝になったら弟と一緒に学校に行って、その友達の顔に空き袋を叩きつけてやろうって、そう思った。それで誰にも見られずに事は済むって。でも、そうはいかなかった」

 

「夕ご飯の時間。よりによって、みんなが集まった時! 弟は、今日食べたお菓子の話しをしてしまった。名前と袋を隠せば、あたしの言いつけは守れると思ったんでしょうね。駄目だった。だって、きのことたけのこの生地は全然違うんだから!!
大人たちは大騒ぎ。『たけのこ派名家の嫡男が、まさかアレを食べるなんて……』って」

 

 

「弟は、父とともに家を追い出されてしまった。母方の家だったからね。あたしは一転後継ぎになった……」

 

「……ね、分かってくれた? 私がきのこを隠す理由」
「……」
「もう二度と、誰も悲しませたくない。それが私の願いなの」
「……そっか」

 

私はどんな言葉をかければいいのか分からなかった。
分かるのは、友人が一人で戦いを生き抜いてきた、ということだけ。
私は黙って、友人の手を握った。

「ごめんね、変な話聞かせちゃって……」
「ううん。助かったよ」
「え?」

「確認が出来て」

 

彼女が怪訝な顔をした次の瞬間、店内は眩い光に包まれた。
コンビニ店員に扮させていた部下が、閃光弾「わかば」を起動させたのだ。

 

目を焼くような鋭い光。常人なら視界が数分は阻まれる威力だ。敵対勢力と長年膠着状態にあり、碌な戦闘訓練をしてこなかったであろう彼女においてもまた例外ではない。
白と青の縞の制服を脱ぎ捨てた部下が彼女を担ぐのを確認して、電話の発信ボタンを押した。


サングラスを外し、店の外へと歩み出る。

きのこ・たけのこ戦争など児戯に過ぎない。
報復の時が来た。

 

 

空を見上げる。

涙が滲むほど真っ青な空に、切り株の意匠が描かれたヘリコプターが浮揚していた。

 

 

 

 

 

 


ノーモア、戦争。